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関谷美代野

 何年前になるだろうか、同じ八王子に越してきたとの便りに電話をすると、受話器の向こうの声は力が無く、今にも息が止まってしまうのではないかと不安になった。とりあえず会いに行こうと、今までの無沙汰を後悔しながら、南大沢の木村さんの家を訪ねていった。

 彼女は若い頃患った結核の後遺症で、呼吸器不全という病気になって、痩せてしまって、頼りなげな様子で迎えてくれた。「生きていてくれたのね」言葉にこそ出さなかったが、そんな思いで胸がいっぱいになった事を覚えている。
 あれから度々、電話を掛け合ったり、数回会っている。彼女と話していると、一日一日を丁寧に生きているのを感じる。会う度ごとに、透明で無駄がなくなっていく彼女を感じる。
 この度、彼女の新著「私の愛犬物語―ムックとマリー」を読んで、もっとその思いを新たにした。この本はまさに大人の童話である。読んだあと、心の中の風通しが良くなり、私もムックとマリーにいっとき遊んでもらい、なんだか犬語が話せるような気分になってしまった。 自分の生命と向き合い、生きることの大変さと喜びを一番知っている彼女であるからこそ、書けた本だと思う。
 生きることに疲れてしまっている人に、是非読んでいただきたい。日々の忙しい生活の中で、目が見ているのに心が見ていない、耳が聞いているのに心が聞いていない。そんなゆとりのない生活をしていないか、考えさせられてしまう一冊である。
 彼女は1993年にも「巣立ちの季節」を刊行したが、彼女の文章には、人を優しさの中にスッポリとくるんでしまう力があるようだ。
 また1992年には、「巣立ちの季節」の中にも収められている「ランドセル」が日本随筆家協会賞を受賞、それはその後、埼玉県立高校の入試問題にも採用された。最近は旭川に出来た三浦綾子記念館の記念文集『母』の中にも、彼女の尊敬する三浦綾子氏、三浦哲郎氏、藤原てい氏等と共に、彼女の「母の涙、私の涙」が収められた。

 私は彼女を誇りに思う、と同時に、何が大切か分からなくなってしまっている今の子供たちに、生命の尊さを教えてあげられるような本を、体を愛いながら、いつまでも書き続けてほしいと願っている。(旧姓=井上)

近代文芸社刊・¥1300+税
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