index
田中紀子
文藝春秋社刊 \1762円+税

 2年前の夏、「室堂までバスだし、温泉はあるし・・・」との誘いに立山三山縦走に出かけた。あいにくの悪天候で景色も見えず、ひたすら歩く山行だったが、ゾクゾクするほどの“山に登る喜び”“山に居る楽しさ”が、わいてきた。立高山岳部では「三年生になっても、まだバテル奴がいる!」と顧問の友野先生に活をいれられた私だったのに。霊山の持つ魔力のおかげかもしれない。それ以来、近隣の山々を歩き始めたのだが、驚いたのは行く先々で出会う中高年の多さと、彼らの装備の立派さ。「日帰りにしてはなんと重装備!」「雑誌から抜け出たような山姿!」「おやおや、あなたもストック、それも2本も!」黒こげの鍋をキスリングザックにつけて登った私の時代とは、大違い。
 人は何故山に登るのか・・・って? 「そこに山があるから」と答えたのは。ジョージ・マロリー。彼は、世界の屋根エベレストの初登攀を目指し、1924年6月6日夜明け、素朴な帆布のテントを出て、酸素マスクもなく歴史に残る第一歩を踏み出したまま行方を絶ったイギリス隊の一人。彼は頂上をきわめたのか? この謎を明らかにしたのが『そして謎が残った・伝説の登山家マロリー発見記・文藝春秋社刊』75年後の1999年、インターネットで出会ったドイツ、イギリス、アメリカの混成調査遠征隊の克明なドキュメント。現在と比較したら、装備は充分でなかったかもしれないが、彼らは徒歩でエベレストに入る頑強な体力、いかなる状況もものともせずルートを開拓する不屈の精神、今の標準タイムに近いスピードで登高する有能な登山家だったのだ。
 山登りの苦しみが、楽しみに変わった私には、高みに向かうマロリーの姿が見えるようだ。彼らはマロリーを発見できたのか? それは、ぜひとも読んでいただきたい。なぜなら訳者は、我らが同期の海津正彦さんだから。