寄稿2

立高三年のとき
吉永小百合の
ロケが来た!
河合(石井)美智子


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 高三の夏休み。蒸し風呂のような我が家よりまし、と私は毎日登校して受験勉強をしていた。同じく学校に来ている生徒が各教室に七〜八人くらいいただろうか。各自好みの席に座って勉強。私は午前は数Uの問題集、午後は英語の長文読解に取り組んだ (午後はもう数学はやる気にならないので、逆はなし)。昼には気の合う者四〜五人で机を丸く並べて談笑しながら食事する。弁当持参の時もあったが、たいていは友人達と誘い会わせてパンと牛乳を買ってきた。校門を出てすぐのところに小さな店があって、一日中椅子に座りっ放しの身にはちょうどよい運動に。雑談も絶好のストレス解消になった。あまりに楽しくて時を忘れ、ハッと気づいたら三時、という日もあった。そして四時半頃下校。
 この、判で押したような時間割がくるった一日がある。
 ある朝、校門を入ると妙に人が多くざわざわしている。見慣れない制服の女子高校生があちこち歩いている。そのうち隣の教室から情報が入った、「吉永小百合のロケが来てるんだって!」。え、と私は目が点に。吉永小百合といえば大人気の青春スター、年頃が同じで、私は憧れと親しみの両方を感じていたのだ。その日の私は受験勉強を全く忘れ、スターの追っかけに。(私のようなミーハーでなく、ちゃんと勉強を続けた立高生も、もちろんいたはずだが)
 ここで今も鮮やかに心に浮かぶ場面を記してみたい。
 場面T。校舎から南に延びる渡り廊下。先生役の芦川いづみがこちらから南に、渡り廊下を歩いていく。と、吉永小百合が南の建物の戸を開けてやって来て、二人は渡り廊下の真ん中で出会う。「あら、○○さん」「あ、○○先生」といった会話が聞こえるかのようだ。三階の教室の窓から首を突き出している私達には、地上の声は聞こえない。吉永小百合はお下げ髪に紺と白の制服。白いブラウスに映えて輝くような色白の顔が微笑する。たったこれだけの場面を何度もやり直す。…・・・ふーん、映画ロケって何度も同じことを繰り返すのか……
 場面U。校舎一階東端の理科室。押し合いへし合いして廊下から、全開の戸口越しに中をのぞき込む。開け放った窓の敷居に浜田光夫(日活の青春スターの一人)が乗っている。スタートの会図で彼はパッと飛び降り、タタタと走って前を行くエキストラの女子高校生を追い越しざま、肩をちょんちょんと突ついて何か声をかけ、走り去る。短めのズボンに黒い靴下をはいた意外に細い後ろ姿。……脚が細いなー、バレーボールをしてた私の脚のほうが太そう……
 昼、いつもどおり友人達とパンと牛乳を買ってくる。校門を入ったとたん、スタッフらしい女性が駆け寄って私達に尋ねた、「エキストラの方ですか?」。
 場面V。講堂。文化祭か何かの場面らしいのだが、ぴったり閉められた窓の内側に黒いカーテンが下がり、入り口の戸も閉められて、どうしても中をのぞけない。さすがの私達も諦めて教室に戻る。その日はほかに何をしたか、全く記憶にない。
 かくして大女優の若き日の一日と、多摩の高校生の夏の一日が交差した。四十二年前のことだ。
 ところで、あれは何という映画だったのだろうか?
 「美しい十代」と聞いた記憶があり、後年、テレビのリバイバル番組にそのタイトルを見かけたので、つけてみた。が、全く別の青春ものだった。
 同期生の皆さん、誰か知っている人はいないだろうか? あの映画には、今はもう失われた私達の立高がチラッと写っているはずなのだが……。




*編集部より
この映画は日活映画、森永健次郎監督の「美しい暦」でした。映画で使用された立高のシーンは、下図の北東(右上奥)の講堂での「ロミオとジュリエット」の舞台と、北東の校舎裏の小さな林の中から校舎の裏側を歩く学生たちの2場面。(主な出演/吉永小百合・浜田光夫・芦川いづみ・長門裕之)