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若井千鶴(Chizuru Wakai Hanson)
 「刑事コロンボみたいな人かな」。私が主人との結婚話を両親に話したときの父の第一声がこれでした。オンボロ車に乗って、服にはとんちゃくなく、昼あんどんみたいだけれども実はシャープ。刑事コロンボの大ファンであった父のこのひと言で話はトントンと進み、明けて1992年2月、根岸君創作の指輪をはめてカリフォルニアで新生活をはじめたのです。
 主人は東部出身で、テキサス大学を出た後、そのままテキサスに残り自営業をしておりましたが、80年代の不況のあおりで倒産。家も差し押さえられ、車ひとつでカリフォルニアへやってきたのです。
 まず残った借金を返済することが先決で、働くだけ働いてすべて清算できたところで結婚。私も両親も事情は納得しており、困難に屈せず、常にマイナスをプラスに変えていく前向きな姿勢にいたく感動したものです。
 私も45歳まで好き勝手に生きてきたので、「0からの出発もやり甲斐がある」とチャレンジ精神を燃やして出発しました。とはいうものの、アメリカ生活の中でまず言葉の問題が待ち構えておりました。
 車の免許を取得して間もなく、私の運転でショッピングに行くことになりました。右折の際、とっさに左側通行のくせが出てしまい、もたもたしていると、主人が押し殺した声で鋭く「プルオーバー」と言うのです。歩道に寄せて止めろという意味です。
 PULL OVER? こ、これは動詞+前置詞だ。これ、一番苦手。主人は言葉を変えて、「STOP」と言って初めてわかりましたが、後ろからライトをぴかぴか点滅させてサイレンまでならしながらパトカーがついて来ていたのです。おまわりさんには大目玉。主人にしてみると、こんな基礎的な言葉がなぜわからないのか不思議そうでした。
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