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片山布自伎

 人様の本を紹介しようというのに、のっけから私事を書く無礼、まずはお許しいただき
たい。
 1964(昭和39)年春、僕は倉員先生のご厚意で送られてきた「卒業アルバム」をあかず眺めていた。前年の梅雨時、休学届を出してほうり込まれた、清瀬の国立療養所結核病棟のベッドの上でだった。噴水の前で中川太郎先生を真ん中に手組み足組みの白倉克文と広瀬毅の二人。弁論部の記念写真だ。様になっていた。本来ならば僕も一緒に撮ったであろう、この記念写真、僕がいたらいったいどんな構図になったのか、そんなことを考えながら悔し涙をこらえていた。
 そう、白倉君とは弁論部で一緒だった。そして白倉君からは多くのことを教わった。それまで文学書しか読まなかった僕に、思想書・哲学書の類の読書を教えてくれたのは白倉君である。友信館(?)の部室で、少ない部費で購入した「哲学入門」といったような
本をまわし読みしたと思う。本の選択は白倉君だった。
 清瀬の療養所に入院して、それは白倉君からの見舞い状だったと思う、「辛抱しろよ」という言葉が、一つの支えだった。それまでの僕には「辛抱」などというボキャブラリーなどなかったのだ。
 時を経て、白倉君と再会したのは国立の一橋大学の院生の寮でだった。風の便りに白倉君が一橋の大学院に来ていることを知り、僕のほうから訪ねていったと思う。当時学園は紛争の真っ只中にあり、およそ学問をするという雰囲気は皆無。僕もまたご多分にもれず、入学当初の「社会福祉論」をやりたいなどという志はとうの昔に消え、運動の周辺をうろちょろしていただけだった。そのとき何を話したか、もう何一つ覚えてはいない。ただ、彼の部屋には、学徒にふさわしい静謐な空気が流れていたことを思い出す。
2001年2月 成文社刊 ¥3000円+税
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