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個人を偲ぶ

ボーイスカウトのリーダーをかってでたり、あるとき、洗礼を受けると言い出し、神父さんが、彼にもっとも相応しいということで、「ユスチノ」の名前をくださいました。ユスチノとは、探究心と信仰心に篤い学究の徒、聖なる殉教者のお名前ということです」
 僕は話を聞いていて、素直に実感できた。あつむくんは、よい奥さんと家庭に恵まれ、家族を愛し、浜松という新しい故郷で、日々静かに、幸せに暮らしていたのだ。
 それにしても、あまりにも唐突ではないか! カトリックの世界では「帰天」と言うようだが、ご家族や同僚は、どんなにか早まった彼の帰天に驚き、どんなにか彼を惜しんだことだろう。
 実は、それを僕が知ったのは2年も経った一昨年のことだった。その訃報に接して数日後だったか、僕は中村くんと同じ中学の同じクラスだったときの担任のY先生と、ラグビー観戦に行っていた。
 Y先生もまた早稲田のOBで、当時は新米の歴史の教師。落語のような語りの授業が面白おかしく、僕らの人気者だった。
 その日、僕は先生に報告した。先生、2年のとき僕と同じに先生のクラスだった中村くんを覚えてます? 

 「おお、よく覚えてるよ、あつむだろ?」
 当たり前のように、答えがすぐ返ってきた。
 実は、先生、そのあつむ君が……と僕は、彼があっけなく旅立ってしまったことを伝えた。すると、先生は不意に、黙り込んでしまったのだ。
 それからしばらくして、先生は口を開いた。
 「……あいつはとても利発なやつでなあ、授業ではいつも真っ先に手を挙げる子だったよ。手を挙げてから考えるんじゃないかと思うくらい、早業だった。みんなよりいちばん先に答えようと頑張ってたんだな」
 そうだった。僕も思い出した。ちょっと得意そうな彼の表情、でもフライングじゃないか?とひそかに怪しんだ軽い妬みの気持ち、それらが不意によみがえってきた。
 しかし、先生の様子は、いつもと少し違っていた。もっといろいろなことを思い出そうとしているようだった。教師であったというのは、それ自体なにやらすごいことなのかもしれない、と感じ入るものが僕にあった。
 「早けりゃいいってもんじゃないのに、なあ……何も、いまさら、そんな、頑張らなくたって……」
 先生の声はだんだん小さくなって、ほとんど聞き取れなくなっていた。

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