華甲同期会
  2005年6月4日、新宿「センチュリーハイアット ラプソディー」にて
 

 to index


42年ぶりのタイムカプセル
孝本 敏子(旧姓・関谷)


 6月4日、十六期会に初めて参加しました。今までは、何かしら重なったり、仕事と家庭に精一杯で頭がそちらに向かなかったりで顔を出さずにいましたが、今年は節目の年でもあり、出てみようと思ったのです。


 会場の入り口で、林(渡邊)織代さんにばったり会いました。目が全く変わっていない、ひと目見てわかりました。42年前の彼女の顔がパッとうかび感激でした。


 来る前に立高の卒業アルバムを見て予習をしてきたはずなのですが、会場に入るとわからない顔ばかり、名札を見てやっとかすかな記憶の糸がつながったり、一時間ぐらいたって徐々に記憶がよみがえり「1Cの教室のあの場面……、あ、わかった、○○さんね!」などと改めてご挨拶したりと、同窓会以外では許されないような無礼をいたしておりました(それでも、最後まで思い出せなかったF沢君、ごめんなさい!!  中学も同窓なのに、本当に「ひどいなあ」ですよね、どうかお許し下さい)。






 お山の会のアルバムをつくってくださった方がいて、お山の会の人たちと見入ってしまいました。幾秋霜を経ても、写真の面影はしっかりあるし、中には全くかわらない人もおられるし……。立高のなつかしい思い出のひとつです。


 パライソの大野君、1Cで一緒だったんですよね。演奏するお顔を見て、高校時代の面影を思い出しました。1Cの担任の酒井先生もいらしてくださっていましたが、なぜか、1Cのクラスのことは、わりとよく覚えているのです。パライソの歌も、秋山さんの歌も本当に素敵でした。ギターバックの「川の流れのように」、すばらしかった!
 また、先生方が五人も出席してくださったこと、42年前、すでに若者ではなかった先生が、今こうして元気に私たちの前で話をしておられる姿に、勇気づけられました。






 特に、吉田先生が「『立高九条の会』をたちあげたい」とおっしゃる姿に感銘を受けました。


 立高のリベラルは生きている、わたしも参加させていただこう、と思った次第です。
 会の終わりに井上先生の伴奏で、校歌を歌い、42年間まったく思い出すこともなかった校歌が、タイムカプセルを開けたかのように「玲瓏の水、百万の……」と、スラスラと口をついて出てくるのです。歌いながら、コンパや行事のときの情感がよみがえってきました。私の高校時代は、自分が思っていた以上に豊かなものを、与えてくれたのかもしれない、それはもしかしたら、私の精神形成の土台をなすようなものであったかもしれない、と思いました。


 節目の年に、自分のルーツをたずねたような、そんな感慨をもちました。


 華甲同期会、ありがとう!