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 いわゆる「ムカシ免許の大型」オートバイに乗って、仕事の合間に田舎巡りをした。野山を走りいろいろな村の生活を見て自分の行き先として好ましい、新しい生活の条件を選ぶ。
【自然がある】空気や水がきれいで、森に鳥や動物が棲んでいる(でなきゃ田舎じゃない)。
【広く平らな土地】動物(山羊、羊、ニワトリ)の放し飼いが出来、トシをとっても畑が出来る、つまり腰痛にやさしい地形。
【交通が隔絶していない】学校、病院、駅、空港又は港まで比較的簡単に行ける(イザという時の話)。
【食材豊富、貯蔵に適した気候】新鮮な野菜、魚貝、肉が生産者から入手可能で、冬期大量にたくわえられる(要は食いしんぼうということ。特に新鮮な魚がないと機嫌が悪くなる)。
【日本国内】日本語で百姓ができる(ニュージーランドもいいけど、死ぬ時に発音でモメたくない)。
 以上、立高健児には珍しく軟弱で、「仁者ハ富マズ」の境地には到底届かぬタイプの言いそうなことばかりだ。いくら年をとっても悟れない悲しさで、田舎での現金収入の道として牧羊で肉と毛の生産を考えていた(妻が糸を紡ぎ、草木染めをする)。
 さすがに大量に稼ぐ気は無いので、小規模でかまわない。しかし、年をとっても仕事が続けられる為件の重要さは、和歌山の山奥の牛の世話の重労働を
見て痛感した。また、自給率の上で食料貯蔵も必要。この二つの条件だけから国内では北海道になった。かくして一家で住み慣れた奈良を後に、網走の中園に移住した。私達一家は四回目の冬を過ごしながら、これらのぜいたくな要求を満たしてくれるこの土地に感謝している。
 中園(なかぞの)は、網走市外の東十五キロメートル、知床半島の付け根の西三十キロメートル、女満別空港まで車で十五分の地点にある、海抜百四十メートルの丘陵地帯だ。明治の末まで一面の白樺や直径一〜二メートルもあるナラの大木、人の背丈もあるクマザサの茂る原生林だったが、今では整然と区画整理され、見渡す限りの広い畑の間をぬって針葉樹の林が広がる。畑の隆起の間の沢に沿って白樺、ヤチダモ、クルミなど広葉樹の森があって、シカ、キツネ、エゾリスなどが棲み、アカゲラ、カケス、シジュウカラ、アオジなど多くの野鳥の声がたえず聞こえる。

 中園からオホーツク海を見ると、東方の知床岬から海の上に羅臼(ラウス)、海別(ウナベツ)などの山々が浮かび、陸に入って正面の小清水平野の向こうには斜里岳が見える。斜里岳から右には藻琴山、阿寒岳、網走湖も見え再び北のオホーツク海へ切れ目なく一周する。ひと回りして気づくのは、眺望に目障りなものが何も残っていないこと。
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