pre index next

箸で大豆の粒を拾ったりのリハビリで少
しずつ手が動くようになったんで、ハン
ダ付け工場に通ったり、精密機械を運ぶ
クルマの助手とか、社会復帰のためにい
ろんな仕事をやるようになったんです。
葬儀屋の手伝いもね。お通夜の席で酒と
か会葬礼状なんか配るでしょう? その
納品。「でも上村さん、『毎度ありがと
うございます』って絶対に言わないでく
ださいよ」なんて言われてさ。(笑い)
●うーん、すごい話だなあ。ただもう、
聞くっきゃないね、いつ植木屋になるん
だか……。

ついに、庭師を志した日

○上村 まあ、もう少し、聞いてくださ
いよ。そんなこんなで、またサラリーマ
ン研究者に戻れるようになってね、武田
薬品の系列の日本レダリーや、バブル
まっさかりの90年には日立化成に移って
今度は製薬畑の研究者になった。ところ
がそのプロジェクトが解散になって、今度

はセールスエンジニアをやれってね。やる
にはやったけど、成績は上がらないし会
議で責められるしで辛くてね。定年ま
であと10年、我慢我慢だ、いやお前はお
情けで会社に雇われているだけじゃない
か、と悩みに悩んだ。
●みんな、そんなふうに悩んでると思い
ますよ、いまは。
○上村 そうだろうね。ワタシこの時代
に、単身赴任で日立の社宅に居たことが
あるの。独りで暇だから、社宅の庭木を
手入れしたり菜園作ったり草刈ったりし
て、周囲からとても喜ばれたんだね。も
ちろん、バラ栽培の天才でもあった義父
の影響も大きかったでしょうが、これだ、
植木屋はいいぞと思い始めたら、だんだ
んその気になってきちゃった。そんで、ワ
タシ企業の寄生虫にはなりません!な
んて啖呵切って、やめちゃった。
●かっこよすぎるけど、ま、いいか。いく
つのとき?
○上村 50歳。確か96年だったね。でも
ほんとは、家内に恐る恐る相談したら、

お父さんがそう思うんなら……って賛
成してくれたからなんだよ。子どもも
賛成してくれて、嬉しかったなあ。
●それが一番だよね。でも植木屋には
免許が必要でしょ。
○上村 なくても仕事はできるけど
……。今は造園技能と管理技工の国家
資格をとりました。職業訓練学校の園
芸科を受けたんです。なんと30倍以上
の競争率だった。学科と体力試験と面接
の3つを受けて、なぜかわかんないけど
面接で落とされちゃった。
●ドラマチックだねえ。困ったろうねえ。
○上村 しょうがない、初志貫徹だって
わけで、職安から紹介された30社くら
いの造園会社から石川造園という会社
を選んで乗り込んだ。体力に自信がな
いからね、自分自身半信半疑のところが
あるから、「ひと月は給料はいりません。
働かせてください。とにかく置いてくだ
さい」と必死にお願いした。親方は結構
迷惑顔してたけど、たぶんこっちの切羽
詰った気持ちを察してくれたんだろう
pre index next