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美しい田園地帯の地主支配型の社会はディケンズの時代に都市型 の社会に変容するが、紳士階級を中心とする伝統的価値観は20世紀も健在のよう だ。労働者出身の小説家アラン・シリトーの項で、著者は、旧来の価値観に反逆す る若者に焦点をあてている。本書で特に関心が払われているのは、批判精神としての 「笑い」である。残念ながらそうした文学論に踏み込むことは「一般人」で ある私には難しい。しかしここで取り上げられている小説の舞台は200年前と ほとんど変わっていないので、こうしたイギリス文学の故郷をトレイルする楽しさは 味わえたように思う。 私もイギリスをそれなりに回ってきたが、ビアトリクス・ポッターの項で取り上げ ている『ピーターラビットのおはなし』の舞台である湖水地方の夏の美しさは特筆 ものだった。ダーウェント湖やニア・ソーリー村は今もこの作家が著作をしていた 100年前と全く変わらない。  お話の主人公ピーター、ハリネズミ、カエル、猫等々 が村のそこここに登場するあの物語の世界そのままの姿を旅行者に楽しませてくれ る。それというのも、絵本作家であり、かつ、農場経営者でもあったポッターが39歳の時、叔母の遺産と絵
本の印税でヒルトップの農場を購入、その後も次々に周辺の 農場を買い取り、ニア・ソーリー村の半分をそっくりナショナル・トラストに寄付するという偉業をなしたからだという。なるほど、こうして現在も私達は開発の手から守られたピーターラビットの世界を味わうことができるわけだ、と納得した次第だ。 
 また、チャールズ・ディケンズとカントリーの項ではハムステッドの池が出てくるが、私にとってはハムステッドも懐かしい地名だ。この地の端っこに三井物産ロンドン支店長の社宅があり、個人的なことになるが、支店長秘書という当時の私の仕事柄、こちらにはよくお邪魔していたから……。
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